日のひとりごと 

   2004年3月

 

 

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3月31日

健康に関する政府のガイドラインを読みました。いろんな項目に分かれていて(「炭水化物」「脂肪」「魚介類」「アルコール」「コレステロール」「繊維」「睡眠」「運動」などなどなど・・・)とにかく記述が細かく、たとえばコレステロールの項目、一週間に卵の黄身は2個まで、炭水化物は、必要量の2〜3倍は摂取しているので、大いに減らすべき、睡眠不足は、週末に「寝溜め」はできない、etc.etc.・・・そんなの、全部に従おうと思っただけで、病気になりそうですぅぅぅ・・・

 

びっくりしたのは、一日に一回アスピリンを飲むと、心臓発作を妨げられるというもの。治療目的ではない1錠80ミリグラムのベビータブレットも売られているそう。必要ない薬をわざわざ飲むのも、なんだかね・・・

 

 

3月29日

一昨日と昨日、リッチモンドに行ってきました。リッチモンドは、南北戦争の舞台の中心だったところ。ダンナにとっては、歴史的に意味のあるところを訪ねることが、楽しそうでした(南軍の「ホワイトハウス」ジェファーソン・ディビスの家など)。

 

リッチモンドは、モダンな都会の中に、古くからある美しい邸宅が突然現れたりするのが魅力。ファン地区というところには、19世紀終わりから20世紀初めにかけて建てられた豪邸がなんと!2000軒も並んでいるのです!ここの家々は、その数にも圧倒されますが、「ヴィクトリア様式」の装飾のショーケースのようで、素晴らしいです。もちろん全部を見たわけではありませんが・・・

 

それから、感動したのは、ジェファーソン・ホテル。内装の豪華さは、DCのウィラード・ホテル(こちらも由緒あることで有名)の比ではありませんでした!映画「風と共に去りぬ」のセットのモデルとなった、ホールの真ん中へと降りていく、長い階段、加工大理石の太い柱、ホテルのエンブレムをデザインしたステンドグラスなどなど・・・そんな「豪華絢爛」な雰囲気の中、アフタヌーン・ティーを楽しむことが出来ました。(ケーキはやっぱり、目が覚めるほど甘かったけど・・・)

 

そのうち、旅行記をUPしたいと思います。

 

 

3月26日

昨日一日かかって、一気に原稿を書き上げました。集中力の勝負です!寝たのは3時半。そして今、最終チェックを入れて、今日中にはアントレ編集部に送れる!かな・・・(何回見直しても、こまごまとしたミスが見つかるのですよね・・・)

 

最近、外は庭のお手入れのシーズンらしく、朝早くから、ホカホカ湯気の立った堆肥をいっぱいに積んだ車だのカートだのが、歩道の上に止まっていて、作業員が、道端の花を植え込む土にしこたま混ぜ、その上にも!こんもりと盛っていきます。特に夜になるとね〜・・・日記でにおいが伝わらないのは幸い。

 

 

3月23日

昨日の朝、ドイツ留学時代に2年間下宿をしていた家の「おばあちゃん」、Anna Burgerさんが、90歳で亡くなりました。去年の夏にダンナと2人で会いに行ったのが最後の思い出となりました。

 

 おばあちゃんは、夏に会いに行った時、もう会えないって、分かっていたんだと思います。だから、ダイヤモンドのような時間を、私達2人とともに過ごしてくださったのだと思います。

 

2月の初めごろ、おばあちゃんのことをとても強く思い出した日があって、「もしかして、何かあったのかしら?」と思ったことがありました。しかし、そのときは、何の連絡もなく、安心していました。3月の初めに、おばあちゃんの娘さんからバースデーカードが届きました。そこには、「2月の始めごろ、容態が非常に悪くて危ないことがあった」と書かれていました。

 

単なる偶然かもしれないけれど・・・本当におばあちゃんのことを思っていたら、何かの時には分かるものなのかもしれない・・・と高をくくっていたら、昨日、英会話に行っている間に入っていた突然の留守電。

 

とりあえず、連絡をくれた娘さんのところに、電話をすることに。涙が止まらず、これでは絶対に、言葉にならないと思い、お悔やみの言葉だけ、紙にドイツ語で書いておきました。電話口に娘さんが出られました。その紙を読むので精いっぱいでした。それなのに、彼女は「元気にしている?ダンナさんは?」と・・・私達のことはどうでも良いんです、と言いたかったけれど、彼女も気丈にしていなければ、崩れてしまいそうだったに違いありません。最後にやっと、「私の気持ちは、あなたといっしょです。」と言って、電話を切りました。

 

そのあと、天国に行ったおばあちゃんに捧げて一曲弾いたきり、何もできずにすごしました。夜に、教会学校の英会話から帰ってきて、両親から花を贈るように頼まれ、ドイツのYahoo!ショップから配送の手続き。葬儀に飛んでいきたかったけれど、フランクフルト往復便は最低2300ドルで、断念。

 

いいえ、断念したのは、値段が理由ではないのです。おそらく、彼女は納得して天国に旅立って行ったと思うし、私自身も、去年の夏に訪れた時に、おばあちゃんのお陰で、ちゃんとお別れが出来ていた、と思ったからです。

 

おばあちゃんのことは、一生忘れません。

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

3月20日

ピッツバーグ・シンフォニーに行ってきました。こういっては失礼ですが、予想外に良かったのでした。なんだか、音楽がスカーっとしていて、ストレス解消になったというか・・・(とても音楽家が書く感想とは思えない感想でごめんなさい!)

 

指揮者は、Marris Jansons。こんなに楽しそうに、しかも、こんなにクリアに指揮をする人を久しぶりに見ました。振りを見ていれば、次にオケからどういう音がでてくるか、100パーセント分かる!しかもそれをすべてやってのけるオケもすごい!Janson氏の背中からも、ぱっと明るいオーラが発せられていました。この組み合わせの演奏、ぜひまた聴きたいです!

 

ところで・・・

 

昨日は、ある方のお宅で、コンサートでした。楽器は、以前、ストラットモアホールで使った、Mark A. Adler氏作のイングリッシュ・スピネット(T. Haxbyのコピー)。ストラットモアの時には、途中で音が出なくなって大変だったのですが、マーク氏の名誉のために書いておきます。今回は、楽器に慣れるために4日前から、うちに置いてもらいました。4日間弾いても、前回の不具合は全く!現れませんでした。もちろん、コンサート中も完璧な仕上がり。さすが、見せてもらいました、技術者魂。

 

4日間じっくりとその楽器と付き合ったことで、音の立ちのよさ、いかにも「イギリス」な音色、繊細さ、などなど、ますますその楽器の魅力に取り憑かれました。もうちょっと安かったら、危うく日本に連れて帰りたくなるところだったわ・・・

 

 

3月18日

今、明日のコンサートのプログラム・ノートを印刷しています。ちゃんと、英語と日本語と両方にしたのだ〜 だって、アメリカ人と日本人、半分ずつの団体なのです。でも、しゃべるのは英語。そっちのほうも、今ごろになって、辞書を引き引き、準備してます。あとは、ドレスと靴と・・・ドレスを会場に持っていく本番って久しぶり。

 

3月16日

ノース・カロライナでの最大の「冒険」。それは・・・

 

一人でレンタカーを借り、知らない道を走ること。

 

若葉マークは卒業したものの、もともと車の運転は「得意」とは言えず、それに輪をかけて、方向音痴ときている。行きの道で3回曲がったら、同じ道を戻れないし。以前、エルパソで、寝込んだダンナを置いて、一人で教会めぐりをしたことはあった。その時、短い時間だったけれど、ものすごく緊張したのを覚えている。今回は、丸4日間。大丈夫かー?・・・行きの飛行機の中で、空港からホテルまでの道順が書いてある、Yahoo!マップとにらめっこ。うわ、高速の番号が3桁で、さらにExitのナンバーも3桁!パニクったら最後、絶対に思い出せないと思う、私であった・・・(私の脳みそなんてそんなもの!)

 

レンタカーを借りるのは、スムーズに行きました。ところが、いざ車に乗り込み、ミラーを合わせる段階になって、合わせ方が分からず、近くにいた係員を呼んだ。めちゃくちゃ怪訝そうな顔をされた。係員のお兄さんは、おもむろにミラーにじかに触って、「こんなものでどう?」と、運転席に座ったままの私のために合わせてくれた。電動で合わせるのにしか乗ったことがなかったから、手動で合わせる機種があることを知らなかったのだ・・・(恥;)ご迷惑をおかけしました・・・m(__)m

 

いよいよ、ホテルに向けて、出発ー!さすがに、飛行機の中で1時間も道順を眺めていれば、なんとか暗記できるもの。3桁の高速の、3桁の出口もクリアし、その後ずっとお世話になるデューク大学の位置も、なんとなく確認。割と余裕じゃない?と思っていたら、最後の最後で、隣のホテルの駐車場に入ってしまった・・・

 

ともあれ、無事にホテルにたどり着いて、よかったよかった。心配しているダンナに電話。ほっとしたら、どっと疲れが押し寄せ、その日のカンファレンスのレジストレーションに間に合わなかった・・・(TT)

 

 

3月15日

ノース・カロライナから帰ってきました。あちらは、まるで季節が違うかのように暖かく、花々が咲きほころんで、景色はすっかり春でした。

 

    

大学キャンパス

 

今回も、貴重な楽器コレクションの実物を、聞いたり触ったりできたことが、良い体験でした。今回展示されていたデューク大学の楽器コレクションの中に、チェンバロがなかったことは残念でした。でも、テーブル形で長方形のピアノの一種「スクエアピアノ」が、質・数ともに充実していて、かなり良い状態の音が聴けたことが、大きな収穫でした。

 

講義は、前もって予習をしていった割には、あまりよく聞き取れなかったものもあり、英語力の成長のなさに、がっかりしたりもしました。講義よりも、レセプションで直接、いろんな人にいろんな話を聞けたことの方が、私にとっては貴重な経験でした。皆さん、基本的に、「話したがり屋」なので、ひとつ質問をすると、怒涛のように答えが返ってきます・・・

 

それにしても、自分が弾かないのはやっぱりつまらない!!!次回は、講義は無理だとしても、何かのテーマで絶対、演奏しよう!と心に決めました。

 

 

3月10日

今朝はなんと!小雪がちらついていました。この急激な気温の変化に、ついていけませーん!

 

明日からノース・カロライナです。講演やコンサート、そのうちのいくつかは、とても興味深いテーマで、楽しみにしています。いくつかは、私の守備範囲を超えていますが、それはそれで、新たな視点を開いてくれるかも知れません。

 

練習やデスクワークが煮詰まってくると、途端に外向的になり、英語でもよくしゃべってしまう私の性格(ただしブロークン)。でも、あまり人と会うことが続くと、だれにも邪魔されずに集中して楽器に向かいたくなります。内向的な自分と外向的な自分のバランスを取るのが大事なのは、音楽に携わる人に限ったことじゃないか・・・

 

では、また日曜日に!

 

3月7日

1年ぶりに、アナポリスへ。3月になった途端、急に気味悪いくらい暖かくなり、そうなると、今年の冬の厳しさに閉じこもっていた人々が、こぞって外に繰り出すもの。まだ冷たさが残る風を、春を感じるのに充分な日差しが暖めつつある青空の港町を、革ジャンを着ている人と半そでTシャツの人とが、一緒くたになって闊歩していた。活気のある港町は、そこにいるだけでわくわくする。

 

私達は、行きつけの「Buddy’s」というシーフードとバフェのお店へ。2階の港が見える席に案内される。目の前には、ヨットハーバー、マーケットスクエアと、メインストリートのどん詰まりのロータリーが見える。去年の9月に襲ったハリケーン「イザベル」は、マーケットスクエアと周辺の道路を、かなりの範囲、水没させた。店の屋上からその様子を撮ったパノラマ写真が、店内に展示してあり、そういえばワシントン・ポスト紙「Metro」の第一面を飾っていたのを思い出した。

 

バフェは、生牡蠣食べ放題&シャンペン飲み放題が魅力的(17ドル弱)ではあったが、私達は、ア・ラ・カルトでシーフードを楽しむことに。私は蟹入りクリームスープと1ポンドのズワイガニ(Snow Crab)、ダンナはクラブ・インペリアルという、蟹の身がたくさん入ったグラタンのようなお料理。1ダースの生牡蠣を、2人でシェアしたのは、言うまでもなく。

 

レストランの窓からヨットハーバーを眺めると、ひっきりなしに白い帆が行き来している。急に暖かくなったからとはいえ、ずいぶんヨットが多いな、と思っていたら、今日は、アナポリスに狭く切れ込んでいる湾Spa Creekで、ヨットレースが行われていたのだった。

 

昼食後、15〜6人乗りの小さな船で、Spa Creekを遊覧。湾の周りには、18世紀から由来する、アナポリスの最も古い町だったところから、つい最近、著名な建築家がデザインしたというアパートまで、さまざまな邸宅が並ぶ。

 

橋をくぐって折り返し、再びマーケットスクエアの前を通り、海軍兵学校の、のっぺりとした巨大な建物の前を通り過ぎる。にわかに白い帆が増え、女性キャプテンがその合間を上手に操舵していく。狭いCreekがぐっと広がったところが、ヨットレースのスタート地点。お互いに触れ合いそうになりながらすれ違うヨットや、今にも倒れそうなほど船を傾けて、最大限に風を利用しようとしているヨットが群れていた。

 

船を下りる間際、波止めのコンクリート・ブロックの脇に、水から斜めに、マストが一本、にょきっと出ていた。もちろん、今日のレース中に沈んだ訳ではなく、「イザベル」の犠牲になった船だ、とのこと。

 

船を下りて、海軍兵学校へ。以前来た時には、どうやら正面ではないところから入ったらしく、今日通った仰々しい正門に、覚えがなかった。ID(身分証明書)を見せて、敷地内へ入ると、クラシカルな建物の間には、まだ寒々と葉を落とした高い木々。それらが陰を落とす鮮やかな緑の芝生の上を、リスが追いかけっこをしてすばやく通り過ぎる。グレーの石造りのHall(校舎その他の建物)は、窓枠の薄いグリーンが、どこからも見えるチャペルの緑青の丸屋根と調和している。

 

Dahlgren Hallは、外から見ると、ずいぶんと天井が高い。中に入ってみると、3階まで吹き抜けの「体育館」。今日は、小中学生のホッケーチームが、屋内リンクで試合をしていた。体育館にしては、ずいぶん格調高い感じ。他の校舎と同じく、歴史を感じさせる風格がある。かつてはその中で、卒業式なども行われていたようだ。2階両隅には、ブルーのソファーが置かれた、サロン風のスペース、1階の隅には、もう少し庶民的なファーストフード風のカフェ。入り口の、3階まで続く階段は、繊細な手すりのデザインで彩られ、吹き抜けのガラス窓から差し込む光に透けて美しかった。

 

「体育館」を出ると、目の前にチャペルが見える。残念ながら、チャペルは4時で閉まっていて、外から覗き見ることしかできなかった。正面中央にはティファニーのステンドグラス、その両側にオルガンの金色のパイプが光っていた。このチャペルは、外観も惚れ惚れするほど美しい。チャペルをぐるりと廻る形で歩いたのだが、どこのアングルからも、思わずシャッターを切ってしまった。

 

最後に、マーケット・スクエアのカフェで一服。ジャズが流れ、一角の掲示板には、ライブやイベントのチラシが所狭しと貼り付けてある。地元の人がふらっと寄りたくなるような、雑然とした居心地の良さがある。背が高くひょろっとしたお兄さんが、目の前でエスプレッソとホットミルクを「調合」して、カフェ・ラテを作ってくれた。ミルクの程よい甘みが、とてもおいしかった。私たちのとなりのテーブルでは、数人の若者が、もう空になっている紙コップを前に、おしゃべりに興じていた。

 

3月5日

今日は今週唯一、一日家にいられる日!もう1週間後にはノース・カロライナだし、取材に協力してくれた講演者の原稿を読んだり、フォルテピアノについて、もう少し予備知識を増やしたりしておきたいところ。

 

フォルテピアノ・・・現在普及しているピアノができる前のピアノのこと。モーツァルトやベートーヴェンやショパンなどが、それぞれの生きている時代に弾いていた、さまざまな型の歴史的ピアノまたはそのコピー(複製楽器)を総称して、日本ではこう呼んでいます。

 

昨日は、ふつーの一日が過ぎていきました。ケーキも食べなかったし。ちょっと疲れる出来事もありましたが、一晩寝れば、それなりに元気。最近めげやすいのは、やっぱり厄年だから?実家母、お札買っておいてくれたかな〜?3000円(←高幡不動ではこれが最低価格だった)のでいいって言ったから、ご利益がいまいちなのだろーか。うーん・・・

 

3月4日

今日は、愛するアントーニオ君と、私σ(^^)のお誕生日なのですー!

 

さて、問題です!1678年にイタリアのベネチアに生を受けたアントーニオ君とは、誰でしょう?ヒントは、ここ!

 

3月2日

英会話サークルで、テーマは「教育について」。各国の、障害者の学校教育システム、大学進学率、奨学金制度、最近学校現場で変わったこと・・・などについて話し合う。

 

ドイツ人の方が2人参加していて、自国の教育システムの問題点について2人の意見が違い、議論になってしまった(もちろん英語で!)。私だったら、他の日本人がはっきりと、自分と違う意見を言ってしまったら、黙ってしまうかもしれない。

 

そうでなくとも、今日の私は、もう一人の日本人の方が先に発言されたのをいいことに、「○○さんが説明したとおりでーす!」と逃げてしまった軟弱者・・・

 

3月1日

4年に一回の、2月29日に更新しそこなってしまった・・・

 

昨日は、アマチュア・トラベルソ奏者のマイクさん&彼のお友達の歌い手・シャーロットさんと、バッハのカンタータのお勉強。シャーロットさんは、かなりきちんと勉強された方のようで、わが道を行ってしまうマイクさんと違い、ちゃんとこちらの「誘導」に反応してくれます。3月は3人が会う日程が取れないので、また4月に合わせることになりそう。

 

今日は、語学学校で、他の人がお休みでクラスに生徒は私ただ一人。個人レッスン状態なのをいいことに、最近英語の文献を読んで勉強している「モダンチェンバロ」について、先生相手に延々と語る。私の先生は、チェロを習っていて、非常に音楽通なうえ、なんと!最近ズッカーマン(英語だと「ザッカーマン」と発音するから拍子抜け)のチェンバロ組み立てキットを買ってしまったそうな。そういう話を聞いていたから、チェンバロ説明用語開発のためにも、先生にべらべら話して、直してもらうのが一番!と思ったわけです。先生も楽しそうだったからよかったけどね。

 

 

 

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