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日のひとりごと June 2004

 

6月30日

 昨日は、ダンナにくっついて、アイルランド人のお屋敷のパーティーに行ってきました。たまには良いこともあるものです!一年でもっとも日が長いこの時期、7時過ぎてもまだ明るく、涼しい風も吹いてきて、ガーデンパーティーには絶好の条件。

 

お庭に面して開け放たれたお屋敷の中には、大理石のマントルピースのあるリビングルーム。そことその隣の部屋には、美術館からそのまま運んできたような、年代モノの額縁に作者名のプレートの嵌った油絵が、壁ごとに何点も飾ってありました。飾り棚には、どこかの紋章の入った、桃色の薄いプリーツで飾られた茶器セット。白い布地のふかふかのソファー、色を見事に合わせたフラワーアレンジメント。ああ、別世界・・・うっとり♪

 

お料理は、サーモンのハーブ入りタルタルソース添え、ミートローフ、生ハム、サラダ各種など、お酒はギネスビールやジンなど。ガーデンでは、キーボードとフルートとヴァイオリンの奏者が、パーティーの間中、アイルランド音楽を奏でていました。芝生で敷き詰められたお庭の傍らには、お決まりのプール。6〜70人はいたと思われるお客様たちは、お料理である程度おなかが収まると、みんなお庭に出てきて、2・3人から5・6人が固まりになっておしゃべりに興じています。私たちも、知り合いの方を何人か見つけて。

 

私のアイルランド人に対するイメージは、司馬遼太郎の「アイルランド紀行」を読んで、出来上がっていたのですが、実際にお会いしてみると、まさにそのイメージ通り。早口で、アメリカ人みたいに大げさに表情を変えず、いかにも「デッド・パン(本人は決して笑わずに、ユーモアの中に痛烈な皮肉を込めて言うジョーク)」が似合いそう。そういえば、フルーティストのゴールウェイも、そんな話し方だったような・・・

 

暗くなってくると、お庭の一番奥にある、石で出来た大きなシャンペングラスのような、水が滴っているモニュメントの周りを、たくさんの蛍が舞っているのが見えました。

 

 

6月28日

 音楽祭のため、3週間ほど語学学校を休んでいる間に・・・

 

 クラスは、ラティーノ・パワー炸裂の場と化していた。(唖然;;;

 

 もう誰にも止められない、ブラジル人とキューバ人のおばちゃまパワー!

 

 悪いことに、気の合うアマチュア・チェロ弾きのL先生は、2週間、休暇のためケープコッドに行ってしまって、代わりに来た先生もまた、おばちゃま系のノリなのである。先生はときどき、おとなしい東洋人(←誰のこと?!)にも話題を振ってくれるが、3人の話題が興にのってくると・・・私には割り込むパワーがありましぇーん!ふぅ。。。

 

 でも、クラスメートに日本人が多い時期が続いたので、しばらく人間ウォッチングでも楽しむことにしますか・・・(それじゃ、会話が上達しなーい! T0T;)

 

 

6月27日

 ホームページの(忘れてた)5周年記念に際して、遅ればせながら、このサイトにアクセスしてくださった皆様方に、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。ありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 さて、この日記も5周年。最初は何を書いたのかな〜、と覗いてみると・・・いきなり、諏訪に行った話から!普通、「これから日記を始めます」みたいな、形だけでも、見てくださる皆様への挨拶なんぞを入れるものなんではないかと思うんですが・・・本当に、何を考えていたんだか。

 

♪ ♪ ♪

 

この時期、ダンナの仕事関係の方の異動が多いのですが、今日も、すぐ近所に住んでいた方が、明後日帰国されるので、送別会に行ってきました。その方の奥様には、来たばかりの時から、いろいろなお店に連れて行っていただいたりして、仲良くしていただいたので、寂しいです。私たちより前からいた方が、ほとんどいなくなってきました。

 

あと、1年で帰るのですよね・・・最近、やっと普通に生活できてきたところなのに、ね・・・ちょとしみじみ。。。。

 

 

6月26日

 あああぁぁ〜〜〜!忘れてた〜〜〜!うちのホームページ、もしかしてとっくの昔に5周年のアニバーサリーだったんじゃないの〜〜〜!

 今朝、起きる前に布団の中で思い出した!その日は、5月16日!もう一ヶ月以上も前!訪問者にも、管理人にさえ気づかれない、可愛そうなページです。ていうか、何でこんな中途半端な日にUPしたんだろう???

 

 

 ちなみに、5月16日は何をしていたかというと・・・

 

 

 

 

 

・・・日記、書いてない・・・ (ーー;)  ごめんね、私のホームページ・・・

 

 

 

 

 

6月24日

 ワシントン古楽祭に携わったことで、3か月分くらいの日記が書けてしまうほど、いろいろな経験をしました。いい加減、普通の生活日記に戻ってもいいのですが、私の心に残ったことをもう少し、書き留めておきたいと思います。お付き合いください。

 

 夜の演奏会終了後、会場のSt Mark‘s教会によって、レセプションが開かれました。音楽祭と並行して、教会主催のアート・フェスティヴァル(手作りのアクセサリーや洋服・小物などの展示会)が開かれており、コンサートに来たお客様を、そのまま展示スペースにも呼び込んで、相乗効果を狙うのも、その目的の一つだったようです。私も、ビーズのアクセサリーを2つも買ってしまいました・・・教会の作戦にマンマとはまった訳で・・・(^^;

 

♪ ♪ ♪

 

 私は、演奏会のお手伝いをしていましたので、当然レセプション会場にも出入りしていました。すると、全く知らないアメリカ人の方が、何人も声をかけてくださるのです。

 

「Atsuko, 私はあなたのコンサートには行けなかったけど、次の機会を楽しみにしているわ!」・・・・・

 

「Sprechen Sie Deutsch?」(おっといきなりドイツ語!)・・・・・・

 

Etc. etc.・・・・・・

 

フェスティヴァルのプログラムには、出演者全員のプロフィールと写真が載っていて、お客様の中には、自分が来たコンサート以外のページも、つぶさに読んでいらっしゃる方がいるのですね。そして、私がドイツにいたことや、今回何を弾いて、どういう活動をしているのか、そういうことを、覚えていて下さるのです。感激しました。さらに、日本人の名前は難しいと思うけれど、ちゃんと最初から「Atsuko!」って呼んで、話かけて下さることも、嬉しかったです。発音は「アツゥコ」になっちゃうんですけどね〜。

 

アメリカ人は本当にオープンで、フレンドリー。どんどん居心地が良くなってしまう・・・本当に来年、帰れるのかしら???

 

 

6月22日

 疲れが取れる間もなく、音楽祭の事後処理に追われています。

 

 昨日のワシントン・ポストに、同紙のトップ音楽評論家・Tim Pageの記事が載っていました。「叩く」ことで有名な彼が!音楽祭を絶賛していました!そして、破格の写真4枚入りで、かなりのスペースが割かれていました。音楽祭参加メンバーの間で、狂喜乱舞のメールが飛び交いました!

 

実は、Tim Pageは、私のコンサートに来る事になっていたのです。が、「最後の瞬間の家庭の緊急事態(日本語にすると、すっごく大袈裟ね。Last minutes family emagency)」のため、来られなかったのでした。正直、残念でした。どんな方か、お会いしたかったし、私の演奏はいったい、どんな風に書かれるのか、怖いけれど、酷評でも載らないよりはマシ、と思っていたのに・・・

 

結局、批評は載らなかったけれど、昨日の記事の中には、コンサート・メンバーとして、名前が載っていました。コピーして両親に送ろうかな。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

昨日の夜、ある友人は、「Atsukoの名前載ってるよ、見た?」と電話をくれました。今朝は、リハーサルに来たフルーティストが、記事の切り抜きを持って来ました。私の名前のところにボールペンでおっきな矢印をつけて。

 

そんな気持ちが、嬉しかったです。

 

 

6月20日

今日で無事に、第一回ワシントン古楽祭が、終了しました。私は、自分の演奏会以外の、ほとんどすべてのコンサートで、受付やドアの開け閉め、写真撮影などのボランティアを、今週は4日連続でしていました。最終日の今日は、無料で余ったTシャツをもらったり、今日の演奏家の方からも、CDを貰ったり・・・ラッキー♪

 

私にとっては、自分の演奏会が成功したことだけでなく、このフェスティヴァルを通して経験したすべてのことが、とにかく無条件に楽しく、音楽家とお付き合いすることに飢えていたことを痛感しました。この地域で活躍する、古楽界のいろんな演奏家と知り合え、友達になれたことが、自分に対する、最高の贈り物だったと思います。TシャツとかCD以上にね・・・(笑)

 

今、まさに、実行委員のメンバーと打ち上げをして、帰ってきたところです。しばらくは「もぬけの殻」状態になりそう・・・と、言ってる暇もなく、明日からまた、英会話学校、再開です。明後日リハーサル、明々後日は議会図書館のボランティアの打ち合わせ。

 

 

フェスティヴァルのフォトレポートも、表紙ページからぜひ、アクセスして下さいね!

 

 

6月18日

昨日、ワシントン古楽祭のコンサートが、好評のうちに無事に終えることが出来ました。私は本番がある時は、いつも緊張する方なのですが、今回は特に!ここ何年ぶりかで、前の夜、眠れないほど、テンパっていました。夜中に目が覚めては、弾く曲の一部が、楽譜の画像と共によみがえってきたり・・・ほとんどノイローゼ!(笑)

 

2日前には、同じマンションに住むレヴィさんご夫妻をお呼びして、半ば強引にリハーサルをさせて頂きました。そのときに、なんと!途中で楽器の音が出なくなるアクシデントが・・・コンサート前日に、楽器製作者に来てもらいました。切れそうになっている私を見た彼は、完璧な調整をしてくれましたが、出来れば最初からそうして欲しかったんですけどね・・・

 

いろいろあったけれど、お陰様で、フェスティヴァル委員会からは「また来年も!」とのお話も頂けたし、初めてお会いしたアメリカ人のお客様からもたくさん、「良かった!」と声をかけてもらったりもしたので、とりあえず、ほっとしています。また、次回に向けてがんばるぞー!(と、自分に渇を入れるには疲れすぎている今日の私・・・Zzzz・・・)

 

私のコンサートの写真、UPしてます!

http://www.geocities.com/cembalonko2004/WEMF04-3.htm

他のコンサートも、私が写真担当しています。教会の雰囲気が、とにかく素晴らしいので、ぜひ下のページよりご覧くださいませ!

http://www.geocities.com/cembalonko2004/WEMF04.htm

 

 

6月14日

ばたばたしていて、しばらく更新できませんでした。ごめんなさい。

 

10日(木)に、レーガン元大統領の追悼に行きました。仕事帰りのダンナと7時半ごろダウンタウンで待ち合わせ。延々とつづく列に並び始めたのが8時半ごろ。で、待つこと6時間!!!棺の前にたどり着いたのが午前2時半でした。みなさん、Tシャツに短パンという非常にカジュアルな格好でしたが、それが正解。私の黒のパンプスは、芝生や土の上で待たされたお陰で、真っ白に・・・

 

キャピトルのロタンダにたどり着いてからは、棺の周りを半周。そのころには、疲れきっていて、感慨もへったくれもあったもんじゃなかったけれど、棺を前にすると、さすがに粛々とした気持ちになりました。もう時代遅れの話題ですみませんでした〜!

 

そのあと、髪を切って、もう10年以上ぶりくらいにストレートヘアになりました!11日にはフェスティヴァルのコンサートのお手伝い。私、写真担当をしていますので、よかったら表紙ページより、WEMF(Washington Early Music Festival)レポートをご覧くださいね!

 

いよいよ自分のコンサートも、近づいてきました。精一杯、いい演奏をしたいと思います。

 

 

6月8日

 今日のワシントン・ポストのStyle第1面は、J.F.ケネディーの棺がキャピトルのロタンダに安置されているモノクロ写真。未亡人の希望により、棺は閉ざされたままであったが、そのことが、報道陣の非難の的であったとか。未亡人は、「亡くなった姿ではなく、生きていた時の姿を思い出して欲しい」と・・・国民は、「大統領の最後の姿を目の前にして、別れを惜しみたかった」と・・・

 

 「かつて確実にそこに在ったが、今はなきもの」に敬意を払うための人の列が、暑くなりそうな今週、カリフォルニアの大統領図書館と同じく、キャピトル・ヒルにも、長く長く、連なることだろう。

 

 

 明日やっと、エクアドル出張中のダンナが帰ってきます。南米の国は、内陸では標高が高いため、高山病になることもあるのですが、今回ダンナは元気そうでなにより。ダンナがいないのに、ちゃんと毎日お料理していた自分を、誉めてあげたい!

 

 

6月7日

 

 今日、議会図書館に行ったら、キャピトル・ヒルは、どこも半旗が掲げられていました。

 

レーガン元大統領の遺体は、あさって水曜日の夕方、カリフォルニアから飛行機でワシントンDC近郊に着き、16th StreetとConstitution Ave. NWの交差点で、棺が馬車に移され、キャピトルまで葬列をなして運ばれます。

 

その日の夜8時半から次の日(木曜日)一日中、キャピトルのロタンダに遺体は安置され、一般者も訪ねることが出来ます。6月11日金曜日が、追悼日(National Day of Mourning)となり、ナショナル・カテドラルにて、葬儀が行われます。

 

 今日のワシントン・ポスト紙に、スケジュールが時間刻みで載っていました。

 

 私的には、金曜日の音楽祭コンサートが、DCの中でなくて本当に良かった・・・と思っています、ハイ。他の音楽祭関係者も、多分ね。

 

 

 

6月6日

 

 いよいよ今日から、3週間にわたるワシントン古楽祭が始まりました!今朝のワシントン・ポストのArt欄に、フェスティヴァルの記事が載り、すべての演奏会が紹介されていました。もちろん私の名前も。改めて、気持ちが引き締まります。

 

今日のキック・オフ・コンサート、Chantry & Modern Musickの演奏は、もー!ホントに素晴らしかったです!10thストリートのセント・パトリック教会は、DCエリアで最も古い教会の一つ。石造りの教会内部の響きは、懐かしいヨーロッパの響きがしました。そして、大好きなバロック&ルネサンスの声楽レパートリーに、心が洗われるというより、揺さぶられる思い。いったい誰が、DCは古楽不毛の地って言ったのかしら?確かに、このフェスティヴァルの母体団体は、2003年に成立しているから、本当に最近になって、DCの古楽事情は充実してきたのでしょう。私はなんてラッキーなこと!

 

ときどきガラス張りの扉越しに聴こえてくる音楽に耳を傾けつつ、私は会場の入り口で、プログラムを渡したり、ドアの開け閉め、お化粧室のご案内をしたりの裏方家業。後半の最初だけは、ドアの中で聴かせて頂きました。うー、やっぱりいいわー・・・ポリフォニー・・・(涙)

 

教会、本当にきれいなんです。こちらをぜひご覧くださいませ!

http://www.geocities.com/cembalonko2004/WEMF04-1.htm

(ブラウザのもどるボタンで戻ってくださいね!)

 

 

 

6月5日

この日記を書いている約7時間前に、レーガン元アメリカ大統領が亡くなりました。ニュースはどのチャンネルも、ことごとく追悼番組と化しています。そんな中、私が見てたのは、日系シンガポール人についてのレポート番組や、ミケランジェロとユリウス2世についての番組など。普段はテレビ、ほとんど見ないのですが、今日はダンナが出張でいなくて、一人ぼっち。一人で夕食だと、ヒマだし手持ち無沙汰なものですね・・・その間に勉強しろって?その通りです・・・反省・・・

 

 

昨日行ったオーケストラの演奏会、エレキギター・コンチェルトの初演、って言うのがあったのです。大きな声ではいえませんが、ひどかった。エレキの人、ほとんど弾けていなかった。楽譜をいじったり、アンプのスイッチらしきものをいじったり・・・良いほうに解釈したとして、機械の不調で作曲家が意図した音が出せないから、弾かないほうがマシ、と判断したためか。そうだとしても、明らかなオーケストラの「カラオケ」状態を聴くのは、しのびなかった。最終楽章なんか、指揮者のスラ○キン(あ、何の演奏会かバレた?)が一人で踊っただけという、珍しい光景も見てしまった。そこは、前楽章から続けてすぐ、エレキのソロで始まる楽章だったと思われる。指示を出したのにエレキが出てこなかった結果、音がないのに一人で振ってたという事態に・・・ああああ〜〜〜わわわ・・・

 

スラ○キンは、ソリストを救うよりも、オケをとめずに最後まで弾ききらせるほうを選んだようだ。かわいそうなのは、曲が終わってから紹介された作曲者だ。きっと彼が一番怒り狂っていたに違いない・・・

 

なんか、指揮者とオケの「不安感」を追体験してしまって、本当ーっに疲れましたわよ〜〜〜でも、新作だからまだ救われたのかもね。誰も聞いたことないんだしね。もしかしたら、上で書いたことのうち、何分の一かは、本当に作曲者の意図どおりだったりして・・・(だったら悪しからず。ですが、私も指揮者が誰に指示を出しているかぐらい、遠目からだって分かります!)

 

 

話変わって・・・明日からいよいよ!ワシントン古楽祭が始まります!明日のコンサートにも、お手伝いに行きます!いろんな団体の演奏がタダで聴けるのは、役得です。いや、聴けない可能性もあるな、自分のコンサート以外は、あくまで裏方に徹するのだから・・・

 

 

6月3日

フォルテピアノ奏者の小島芳子さんが、5月21日に亡くなられていたことを、今日、たまたま開いたインターネットニュースの「おくやみ欄」で知りました。とてもショックでした。43歳でいらしたとのこと。早すぎます・・・

 

小島さんの演奏は、八王子の喫茶店で、小島さんの師匠・ホッホランド氏とのデュオという、贅沢なコンサートで、きわめて至近距離で聴かせて頂いたことがあります。細身の全身から音楽が溢れていました。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

6月1日

今朝の全日空で、オルガニストの親友は、日本へと帰ってしまいました。空港に彼女を送って、午後、一人で家にいると、日当たりの良い部屋の中が妙に静かで、寂しさもひとしおでした。

 

昨日までの3連休、ダンナも一緒に3人で、シェナンドー国立公園&ルーレイ鍾乳洞&シャーロッツビルに行ってきました。シェナンドーは、夏の風景はいまひとつ変化に乏しく、紅葉の秋と比べると単調な印象。どこまでもつづく緑の森、木草の花々、連なる青い山脈は美しかったけれど、スカイラインドライブ105マイルを走りきるのは、ちょっと長すぎたかな・・・

 

シャーロッツビルは、トマス・ジェファーソン第3代大統領が自ら設計した自宅「モンティチェロ」や「ヴァージニア大学」が見所。その他に、第5代大統領の「ジェームス・モンロー邸」や、昔の居酒屋を移築した「ミッキー・ターバン」など、東海岸らしい、アメリカ独立当事の歴史的な観光地が多いです。地球の○き方には、ダウンタウンは見るべきものなし!と書かれていましたが、どうしてどうして。古き良き時代の建物がそのまま使われ、その中に気の利いたアートショップなどが収まっていて、小さくても魅力的な街並みでした。

 

 

 

話は変わりますが・・・

 

 

 

えらいこっちゃ〜!この日記にもたびたび登場する、辛口で有名なワシントン・ポスト紙の音楽評論家、Tim Page氏が、ワシントン古楽祭の私のコンサートに来るとな!

 

 

 

嬉しいけど、ちょっと冷汗;;

 

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